ナイロン弦とスティール弦を巧みに使いこなす伊藤賢一さんに、ニューアルバム「Another Frame」やこだわりの録音のことなどお話しいただきました。
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ーオリジナルアルバムとしては5年ぶりのリリースとなる「Another Frame」ですが、どのようなコンセプトで作られたのでしょうか。
伊藤賢一(以下、伊藤):基本的に今回のアルバムは、新しい曲が出来上がってきたら録っていくという感じでした。僕は録音したものを自分で聴かないと制作モードに火がつかないんです。最初からコンセプトを決めて、コンセプト通りにアルバムを作るという根気がないんですね(笑)。録音を続けていくうちに自分の音に影響を受けて、コンセプトが変化していきます。
なので「Another Frame」は全11曲ありますが、割と最近できた曲が多いですね。レコーディングしたのにボツにした曲も多いです。最初に頭の中で構成を組み上げるというよりも、「録って音を聴いてから」なんですよね。それが自分にとっては正直な作り方なんだと思います。
ー前作もそういった作り方でしたか。
伊藤:そうですね。前作「Tree Of Life」と今作は録りながら作りあげていきました。でも前作では曲を削るということがなく、ギリギリの10曲でした。前々作「かざぐるま」は曲目を決めてホールで録りましたね…
今作「Another Frame」は自分の中では過去最高のアルバムになったと思います。楽曲、演奏、レコーディング、どれをとっても間違いなく自分の代表作です。僕は、数ある楽器の中でもアコースティックギターの音が一番良い音だと思ってるんですよ。それをきちんと作品として出したいために、今回頑張ったところはあります。今思えば前作はまだ若干、そこまでの自信はなかったように思いますが、今回は「これが良い音です」とはっきり言えます。
ではアコースティックギターの音の良さとは何かといえば、それは「鳴り」の美しさだと思います。出音の外殻だけがきれいという性質のものでは無いのです。例えばエレキギターでもアンプが変わると「鳴り」が変わりますよね。アコースティックギターの場合は鳴りに直結する筐体がそのまま楽器ですから、鳴りこそが命と言えます。単に出音がきれいとか格好良いとかではなく、音の本質にこだわりたいと思ってます。
そこで出会ったのが、今回使用したマイク、DPAの4006Aです。これは無指向性マイクの名器ですね。全ての曲で使用しています。前のアルバムまではノイマンU87aiを無指向モードで使っていました。
DPAは他のマイクとは違い、演奏している心の持ち様が反映されてしまうんですよね。出てきた音に反応するというよりも、その前段階の佇まいまで反映されるようなマイクです。こちらが前のめりになっているのか、落ち着いているのかがはっきり音に現れます。DPAで初めてそういう感覚になりました。出会った瞬間、これで一枚録ってみたいと思いましたね。
■各曲解説
1.Inner Medium
「Medium」とは媒体、媒質という意味です。音は発信しただけではまだ音にならず、必ず何らかの媒質を通して聞き手に届くという特徴を持ちます。自分の内側のパーソナルな部分もそんな媒質のひとつと言えなくもないなと考え、「Inner Medium」という言葉を作りました。面白い言葉だと思ったのでアルバムのタイトルとする予定でしたが、そういう事を考えてるうちにこの曲が出来てしまったんですね。なので、アルバムの録音が終わったと告知した後に実はこの曲だけ足したのです(笑)当初「Inner Medium」はアルバムのタイトルとして考えていた言葉ですが、この曲ができたことで1曲目に置き、アルバムタイトルは変更しました。
アルバムを作る際にはこの辺りの設計はとても大事になってきます。もしアルバムタイトルが「Inner Medium」で、同じタイトルが1曲目にあると、そこがひとつの大きなフックとなってしまい、聴いた人はこの曲がメインという印象を持って次の曲を聴くことになります。今回はそうしたくなかったんですね。そこで、ジャケットの写真から連想される「Another Frame」にアルバムタイトルを変更しました。Another Frameは綴りもきれいだし意味もよく伝わるし、そのようにして良かったと思っています。
2.Carolan’s Ramble to Cashel (T.O'Carolan)
18世紀に活躍したアイルランドの盲目のハーピスト、ターロック・オキャロランの作った曲です。この曲のギターパートは小川倫生さんがアレンジしたものを、基本的にそのまま弾いています。そこにヴィオラの三好紅さんのパートを加えました。
この曲を弾くきっかけは面白くて、元々小川さんがとある雑誌社から譜面作成の依頼をされたのですが、ちょっと今は時間がないと。ならば伊藤くんなら採譜してくれるのではないかと雑誌社の方と話がまとまったようで(笑)僕に依頼がきました。この曲は優れたアレンジでとても好きだったので、光栄に感じてほぼその日のうちに採譜しました。そういった経緯があり、僕も自分のライブで無断で弾くようになったのです(笑)。アルバムに収録するのであれば、小川さんとは異なるバージョンにしたかったので、三好紅さんに参加してもらいました。紅さんの演奏はとても深いところまで表現が渡っていて、アルバムの聴き処の一つだと思います。
3.ハックルベリーの舟出
普段私はツアーの多い生活ですが、知らない場所に出発する時の昂揚感がテーマの曲です。「ハックルベリーの舟出」というのは固有名詞ですが抽象的な言葉として使いました。ハックルベリーで連想するのはトム・ソーヤーの冒険に出てくるハックルベリー・フィンだと思いますが、ワクワクする感覚だとか過去よりも先を見据える眼差しとかが伝わる言葉にしたかったんです。小説に出てくるハックルベリー・フィンの舟出は父親の虐待から逃げることなのでかなりニュアンスが違いますが…
自分でも気に入っている曲の一つです。
そしてこの曲ではDの調でよく使われる進行がたくさん入っています。こういった常套句でも、こちらのアイデア、コンセプトがしっかりしていれば、使い古されたテクニックも普遍的な味わいのように昇華されると思います。
4.夜明けの街
小川倫生さんの影響が無意識下にあって出てきた曲かもしれません。僕が書く曲はいわゆるギターのための曲が多いと思っています。最初から最後まで旋律がはっきりしている曲が多いし、ギターに合う旋律が好きですし。小川倫生さんの曲の作り方はもっと非常に絵画的で自由な印象を受けます。言ってみればギターの世界よりも広いものを描こうとしてる気がする。ギターの曲を聴きたいと思って聴くと肩透かしにあう印象を持つ人も多いかも知れません。小川さんの音楽は、音を浴びるような感覚で身を任せるとぐいぐい入ってくると思いますね。曲の作りが大きく、メロディにも囚われません。
僕は小川さんのようなフィールドの広さというよりも、ひとつの音の深さのようなものにまず目が向いてるのでそこがお互いの大きな違いです。もちろん、広さも深さも同居するものですが、この辺は各プレイヤーが持つコンセプトの割合の問題ですね。
そういった小川さんを目の当たりにして、自分なりに色彩感を出したいと思って書いた曲です。この曲が浮かんできた時の感情そのまま曲にしたというか。今まであったメロディへの意識を取っ払ってみると、音色や陰影により意識がシフトしていくのが自分でもわかり、面白い体験でした。
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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com
1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリース。
2016年田野崎文(Vo)三好紅(
Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
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Another Frame
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発売時期:2017年5月15日
販売価格:2,500円(税込)
1.Inner Medium
2.Carolan’s Ramble to Cashel (T.O'Carolan)
3.ハックルベリーの舟出
4.夜明けの街
5.カロスの朝
6.囚われの月
7.ソリチュード(Duo)
8.Jardin Secret(Jean Marie Raymond)
9.Sweet Bonnie Dickinson(Jean Marie Raymond)
10.おかえり
11.道のりのどこかで
販売サイト http://kenichi-ito.com/cn13/index.html
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