ソロギターデビュー15周年を迎えた住出勝則さんに、ソロギターへの転機、ギターへの取り組み方など、ライブのMCでは語らない、熱い思いをお話いただきました。
【写真撮影:野田裕志】
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ーあらためまして、ソロギター活動15周年おめでとうございます。ソロギターでは15周年ですが、ミュージシャンとしての活動も随分長くなりますね。
住出勝則(以下、住出):芸能界にデビューしてから今年の9月で39年になります。ソロギターで最初のCDを出したのが43才の時ですから、遅かったんですね。今は10才くらいから始める人も多い中で、もう還暦一歩手前になってしまいました(笑)。
ーソロギターに転向するきっかけというのはどのようなことでしたか。
住出:40才の時にオーストラリアに渡って、そのままずっと住み続けるつもりでした。でもお金を稼がなければいけないので、自分に何ができるかと考えました。最初は友達もゼロですし、仮に日本語の歌を唄うとしても完全アウェーです。自分はアコギが好きでしたが、当時はソロで弾ける曲はジョー・パスのブルースのような曲、1曲だけでした。歌のバッキングや誰かをサポートするというのは長いことやっていたので慣れてましたが、ギター1本でひとりで表現するというのはやったことがありませんでした。この時点ではソロギターでベースの取り方や、コードがどうなって、メロディにどうからんでいくのかなど全くわかっていませんでした。
とりあえず、アコギが表紙のCDを買いあさりました。知らないアーティストばかりなので、はずしたのもありますが(笑)。片っ端から気に入った曲をコピーしましたね。お蔭でCDの見分け方もわかるようになりましたよ。1曲の時間が短いのは大体ソロギターです(笑)。僕は譜面が弱いので、TAB譜の発想はなく耳コピから始めて、2年間ほど毎日10時間くらい練習していました。
時間がかかりましたが、なんとなく見えてくるんです。変則チューニングに関してはドロップDくらいしか使っていなかったので、ソロギターのほとんどはスタンダードチューニングで演奏されているものだと決め込んでいました。そうすると指のストレッチが強烈になるので、手首を傷めたりもしましたが、何ヶ月か経ったくらいにDADGADチューニングの存在を知り、ストレッチで押えてたのがセーハでできるんです。ダマされたと思いましたね(笑)。
2年くらい1日も休まず練習をしてきましたが、この時に確信したのは、難しい曲でも繰り返し練習をしていくと段々と馴染んで簡単に感じてくるんです。いかに回数を重ねていくことが大切かということが分かりました。僕の場合は、何曲かにしぼって回数を増やすというよりも、いろんな曲をやる必要があったので、あれが嫌い、これが嫌いと言っていられず、どんな曲調がどのようにアレンジされているかを研究しないといけなかったんです。なので、ジャズ、ボサノバなど様々なジャンルの練習をしました。
何十曲かやってくると見えてくるものがあります。自分に課していたのは3日で1曲、多い時は1週間で3曲くらい耳コピをしていました。ですが、それらの曲をずっと練習し続ける訳ではないので、段々と忘れていきます。それでいいと思うんですね。自分の中のどこか奥深いところに絶対刷り込まれているはずなんです。それが曲の10%か20%としても。「やっては忘れ、やっては忘れ」を繰り返したのは、結果的には良かったです。1年くらいするとこなれてきて、ベースをこうすればいい、和音の数はたくさんなくてもいけるとか、勉強できましたね。このやり方ゆえ、時間がかかったのかもしれないですが、基礎部分はものすごく強度なものになっています。何かに取り憑かれていたようでしたね。その間、犠牲にしてきたものも多いです。ご飯もろくに食べてなかったし。それくらい自分でやらなければいけないと追い込まれていたんですね。何かを身に付けないと、「これが僕です」と売り込んでも仕事にならない。この2年間というのは僕の音楽人生の中で一番練習したというか、戦闘状態でしたね。練習時間も決めてないので、10時間以上の日もありました。狂ってしまいそうなギリギリのところにいたんでしょうね。
40才を過ぎて音楽のキャリアもそれなりにありましたから、コピーをたくさんしてきても、それはしょせん真似でしかないので、そこから先をどうするかということを考えました。ある程度曲の作り方、チューニングに関して耳コピで汗かきながら学び、真似てきましたが、「自分はどうするんだ、お前は何なんだ」というところに、自分がロックが好きだったことなどを取り入れて、自分の方向性を明確にしていきました。
元々ロックが好きだし、管楽器系のファンクも好きだし、フォークも好きです。これらがチラホラ散在する感じで、どんなに洋物をやっていてもどこかに日本人が絶対にあるはずなので、日本人ということを意識するのではなく、結果的にそれが出るのが1番いいと思いました。
この2年間は僕にとって非常に大きなものですが、残念ながら記録をとっていません。日記を書いてた訳でもなく、何をコピーしたかも残っていません。これらを書いておいたら、一冊くらい本が書けたかもしれませんね(笑)。書く時間があったらギターを弾いていたかったからかな・・・
譜面も残さず、耳だけでやっていたので、今では曲を聴けばキーが何かもだいたい分かるし、チューナーを使わなくても音程はほぼ合ってます。今はコンピューターの打ち込みだったりベースも6弦があったりと難しくはなってますけどね。
当時は、この音は2音なのか3音なのか、半音なのか1音なのか、ブルーノート系を使っているとメジャーかマイナーかわからない時もあるので苦労しました。一番辛抱して聴き分けたのはジョー・パスですね。難易度は一番高いです。コードなどを知っていれば、ジョー・パスはコードを崩しながらやってるとわかるのでしょうが、後からそれを知りましたからね。段々とコードがわかるようになってコピーの速度も上がりました。遠回りのように見えますが、良かったことは、人に教えてもらったのではなく、自分で失敗しながら発見したことですね。 |
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【New Album】
Back To Basics
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1.Say The Word
2.Too Hot To Handle
3.A Night To Remember
4.Am I Blue
5.Massa Nova
6.The Water Is Wide
7.Happy Heart
8.Short Short Story
9.Will You Be Mine?
10.Close Your Eyes
11.Missing You
12.Make It Funky
13.Live It Up
14.悲しい色やね
15.蘇州夜曲
2014年5月24日発売
日本録音/K-Dol
¥3,000(税込み)
ドルフィンギターズ ショッピングサイト
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住出勝則 http://www.masasumide.com/
1956年 京都府生まれ。
1974年フォークグループ「シグナル」に参加、翌年「20歳のめぐり逢い」でデビュー、1983年の解散までシングル14枚、アルバム7枚をリリース。
その後、武田鉄矢、谷村新司らのサポートをこなす。
1996年オーストラリアに移住、ソロギタリストとしての活動を始める。
1999年初のソロギターアルバム「TREADIN' EASY」をリリース。
2002年帰国、日本を拠点にソロ活動を始め、毎年アルバムをリリースしながら、2011年には滝ともはる、矢沢透と「HUKUROH」を結成、ソロ、バンドとも精力的に活動中。
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