第4回 この一枚を聴く サイモン・ラトル/ベルリン・フィルハーモニー「シベリウス交響曲全集」
アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤賢一です。
ようやく酷暑を抜け、秋がやってきます!ギターにとって素晴らしい季節の到来です。
この楽器が開く時期に、存分に愛器を鳴らしてあげてくださいね。
秋は各地で注目の音楽イベントも目白押しですので、旅行がてらぜひ参加してみるのも楽しいと思います。
みなさん良い秋を!
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大好きなシベリウスの交響曲。決定盤とも言える全集がリリースされました。
サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルとの組み合わせ。実はこのチクルスの情報は以前よりネットでチェックしていて、その素晴らしさに感銘を受け、発売を心待ちにしていたのでした。
シベリウスの音楽は、一般的には冬の風景を思い起こさせるものですが、それを田園風景や森の風景に置き換えても不自然はなく、また4番や7番などは情景描写よりも個人的心情の吐露という趣もあり、全曲聴くといろいろな世界を垣間見える奥深い音楽です。交響曲としてはサイズ(曲の長さ)が短めで、その点も入っていきや
すいと思います。
ギターファンの中には「クラシック」「オーケストラ」というだけで敬遠してしまう方もいらっしゃいますが、プログレやギター・インストが楽しめる方ならば全く問題なく入っていけると思います。有名なベートーヴェン「運命」ドヴォルザーク「新世界より」など、耳に馴染んだ聴きやすい楽章から楽しんでいき、少しずつ全
楽章を聴き進めていけばどんどん世界が広がっていきます。
なので、この全集も「全部素晴らしいので全部通してください」とは言いません笑私の印象に残った楽章、ポイントをいくつかご紹介したいと思います。
・第2番 第1楽章
シベリウスで最も有名な曲ですが、私は3番4番6番が推しで、2番はそれほど聴き込
んできませんでした。
しかし、このラトル盤の冒頭の流れは実に自然で、心躍ります。弦の刻みから木管の第一主題、金管の受け答え、木管の静寂からの弦の透明感あふれる歌い込み。それぞれのパートに流れがあって最初の2分でぐいっと引き込まれます。この第1楽章は約10分、この冒頭2~3分の味わいがどんどん展開していく楽しさのまま、聴き進
めていけると思います。
全集通じて、この躍動感は共通したポイントで、もったいつけた表現は皆無。ラトルの目の行き届きが見事です。
・第3番 第2楽章
この全集の嬉しいところは、私の好きな3番が超名演であること。特に第2楽章は誰でも心惹かれる郷愁感を持っています。テンポの設定が素晴らしい。更に茫洋とインテンポで進めることはせず、フレーズ
単位での収束感を持たせて聴き手を引き込んでいきます。
ポイントとなる弦のピッチカートによる伴奏は、ダイナミクスが鮮やかで、この表現の「速さ」は室内楽のよう。フルオケであることを忘れるほどです。
難しいこと抜きにしても、素朴で魅力的な曲展開を楽しめる曲です。ぜひ多くの人にこの演奏で3番を聴いてほしい!
・第4番 第1楽章
全集中最も渋みを帯びた第4番。その特徴を最も表すのはやはり第1楽章です。冒頭は低音弦での諦観をもった激しさで開始し(この音色だけでも必聴)、それが弱まったところでチェロによる第一主題。和声感の乏しい進行。華やかさは皆無のまま進みますが、ラトルの表現は、曲の深刻さを重いテンポや大胆なルバートで表そう
とせず、あくまで音色とフレージングで描き出しています。結果、見事な単色の色彩が生まれています。渋い寂寥感の第4番もぜひ親しんでいただきたいです。
・第6番 第4楽章
第6番は全7曲中もっともバランスのとれた名作だと思います。明快な曲調でいながら、ほの暗いシベリウスの魅力も満載で、もっと注目されても良い音楽だと思います。
この第4楽章の色彩感はとりわけ見事で、このラトル/ベルリン・フィルのコンビネ
ーションの素晴らしさが威力を発揮します。
特に弦セクションと木管のバランスの良さ。単純に音量や音圧のバランスでなく、フレージングの速さの合わせ方が絶妙なので、掛け合いがビシッと決まるのです。
本当に弦セクションのフレージングの統一感がすごい。これはこの全集の大きな特長です。ベルリン・フィルのシベリウスといえばカラヤンの選集が有名ですが、カラヤンが輝かしい技術と壮麗な音色で大きな世界を表しているのに対し、ラトルはもっとミニマムな世界の積み上げをしているように感じます。それでいてデジタル的でなくあたたかさを感じさせるのはラトルの譜読みの深さの為せる技でしょう。5:
33からの、魅力的な木管とハープとの掛け合いの後、弦セクションに引き継がれた際のチェロの旋律を縫うような箇所。ここの明確な歌いまわしは他のどの演奏でも見られないほど見事です。このパートが効いているかどうかで曲の印象がだいぶ変わってくるのに驚きました。
以上、かいつまんでご紹介しましたが、この全集は強力におすすめします。
一家に一箱。ぜひ!
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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com
1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリース。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。
【2019年9月1日】
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