第9回 この一枚を聴く ヴァシュティ・バニヤン「Just Another Diamond Day」
アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤 賢一です。 今年も今まで通り、ゆるゆると、好きな盤やギターなどの話題をお届けしていきたいと思っております。どうぞよろしくお願い致します。
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ヴァシュティ・バニヤン。1965年にジャガー/リチャーズのストーンズコンビによる楽曲でデッカからデビューを飾るも振るわず、当時のプロデューサーと袂を分かつ。そしてフィリップスと再契約。1970年、遂にリーダーアルバムとなるこの「Just Another Diamond Day」をリリースした。
当時の売り上げこそ振るわなかったが、そのドリーミーな歌声とヒッピーカルチャーを色濃く反映した世界観(コミューンへの参加のため、馬車で1年半に及ぶ旅へと出発。その道中の出来事にインスパイアされた楽曲が収められている)は、唯一無二の音楽として高評価を獲得し、長い間幻の名盤としてのみ知られるようになる。 ヴァシュティ本人はといえば、セールスの不調に落胆し、30年の長きに渡りシーンから姿を消していた。それもまたこのアルバムのプレミア性を高めていたと言える。
このアルバムは独特だ。
穏やかな陽が差す時間。晩秋の田舎道、夕方4時ころ。英国フォークの持つ”ダークさ”とは明らかに違う、安らぎのある音だ。不思議な仕掛けは何も無いが、素材を無造作に並べたシンプルさの中に魔法を見つけるような、そんな楽しさがある。
冒頭のくぐもったアルペジオからのリコーダーの音色。タイトル曲「Just Another Diamond Day」で一気に彼女の世界にいざなわれる感覚は、何度聴いても変わらない。リコーダー・アンサンブルとストリングスのアレンジは、陽光を浴びながら行く馬車の様子を見事に描き出している。
リコーダーの美しさでは、「Rainbow River」が白眉だろう。楽曲の持つクラシカルな旋律を、クラシカルなまま活かしたアレンジは、この曲を”独自的”なものから”普遍的”なものへと昇華させている。もしこのアレンジが入らずに彼女の弾き語りだけだったら、耳に馴染むメロディを持つこの曲はここまでの輝きを持たなかっただろう。
このアルバムのリコーダー&ストリングスのアレンジは、ニック・ドレイクのアルバ ムも手掛けたロバート・カービーが手掛けている。さすがフォーク名盤請負人と呼 ばれる名人芸。ニックのアルバムとアレンジが同一人物と思えないほど、音の密度 を使い分けている。
参加ミュージシャンには、私の敬愛するロビン・ウィリアムスンをはじめ、サイモン・ニコルやデイヴ・スウォーブリックなど錚々たるメンツ。各人が名人芸を披露するでなく、このアルバムの空気として馴染んでいるのが素晴らしい。
シンプルなギター弾き語りが活きる「Hebridean Sun」「Grow Worms」 「Trawlerman's Song」といった楽曲もアルバム随所で光っている。
幻の名盤として知られたこのアルバム、2000年にCDされて以来は、英国フォークの普遍的名作として広く知られるようになり、ヴァシュティ自身もシーンに復帰。 2005年には35年ぶりとなる新作「Lookaftering」をリリースした。このアルバムも、1枚目に劣らず素晴らしい。35年のタイムトリップを味わえるアルバムだ。
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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com
1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリース。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。
【2020年2月5日】
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