第16回 この一枚を聴く Maz O’Connor「Chosen Daughter」
アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤 賢一です。 今回は、マズ・オコーナーの2019年のアルバムを紹介します。これが本当に、噛め ば噛むほどに良いアルバムです。
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これは名盤です。今年に入ってこればかり聴いてる気がします。
彼女はロンドンを拠点に活動しているシンガー・ソング・ライター。学生時代からEnglish Folk Dance and Song Societyという硬派な英国フォーク研究団体に属し ていたという筋金入りのフォークマニアで、60年代~70年代に隆盛期を迎えた英 国フィメールフォークの、間違いなく継承者の一人でしょう。
清楚でさりげない歌唱が最大の聴きどころですが、このアルバムで特筆したいのは彼女のソングライティングの見事さ、そしてサウンドメイキングの素晴らしさです。元々ナイスソングを書く人でしたが、素晴らしいプロデュースとエンジニアリングを得て、その才能がはっきりと花開いたアルバムだと言えるでしょう。
「San Francisco」では、ピアノとギター(小さいサイズの、おそらく比較的チープなギター)のリフレインが心地よく、単純な音型ながらずっと身を委ねたくなる不思議な魅力に満ちています。楽曲構成も、ほぼヴァースと短いコーラスのみというざっくりな作りにも関わらず見事に聴かせてしまいます。抑制の効いたドラミン グも素晴らしい。
「Cordelia」はよりフォーキーな語り口で始まりますが、コーラスの節回しは実に抑揚があって美しい。随所に効くストリングスも美しく、何度聴いても飽きがこない曲です。
白眉は「Loved Me Better」でしょう。正直いって、最初聴いた時は良さが今ひとつわかりませんでしたが、その堂々たる歌いっぷりと、エレキギターとピアノに よるバッキングの美しさにすぐに虜になってしまいました。間奏のサウンドの美しさ!そうそう、リヴァーブの使い方はこうだよね、と思わず膝を打つ気持ちです。
アルバムラストを飾る「In the Morning」は、ピアノ伴奏とストリングスのアレンジが効いた全曲中最もクラシカルな匂いが立つ小品です。旋律の美しさはアルバム随一でしょう。
彼女はこれまでも良い曲を書いてきましたが、私の印象だと決して「メロディ・メイカー」とタイプではありません。
基本的にはリフレインを活かした、言葉を大切に紡ぐタイプのアーティストで、それは今アルバムでも同様です。今までと違うのはソングライティングとサウンドメイキングの地続き感が強まったことです。端的に言うと、サウンドも歌の要素であるという事ですね。自分の声もサウンドだし、それに合う器楽群を選ぶ耳も相当に進化している気がします。
また面白いのは、どんな残響を施したアレンジでも、アルバムを通してヴォーカルの声はマットな質感を選択している事です。声にエフェクトをがっつり効かせるのは現代のシーンでは当たり前と言って良いのですが、正直私は好きではありません。作品自体の良し悪しに関わらず、アーティストのパーソナルな印象が弱まるという欠点が常に付き纏います。それならば素直に「これが私の声、私の歌」と腹を括って出してくれる人の方が結局は飽きないんですよね。小編成ながら練り込まれたバッキングサウンドとの対比で、彼女の声がより楽しめるアルバムになっていると思います。
原理的なフォークの世界にとどまらず、たおやかに飛翔し続ける彼女の音楽を、これからも追っていきたいです。
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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com
1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリース。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。
【2020年9月1日】
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