第29回 この一枚を聴く June Tabor&Martin Simpson「A Cut Above」
アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤 賢一です。
今回は英国フィメール・ヴォイスの代表格、ジューン・テイバーと、名ギタリスト、マーティン・シンプソンによる「A Cut Above」をご紹介します
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1980年作となるこのアルバムは、もう説明の必要がないほどの名作です。
それをあえて取り上げるのは、音楽が、よりジャンル的に細分化された現代において、今こそジャンルの壁をとっぱらい耳を傾けて欲しい「音楽そのもの」を見事に体現した一枚であるからに他なりません。
ヴォーカルのジューン・テイバー、ギターのマーティン・シンプソン。両者の音楽の融合は幸せなものでした。
基本的には、他のジューン・テイバーのリーダー作と楽器構成は同じです。
ギター、ピアノ、フィドル。たまにギーボード。このアルバムの前2作では名ギタリスト、ニック・ジョーンズとの共演も必聴です。
にもかかわらず、今作をマーティンとの連名作としたのは、彼のギターに引き出される彼女の音楽を彼女自身が強く感じたからでしょう。余程意気投合したに違いありません。
力作もありますが、このアルバムの表情は全体的に「軽やか」です。
マーティンの刻むリズムの小気味良さがそうさせているのでしょう。
ジューンのイントネーションとバッチリ決まります。
パーカッシヴなギターを楽しむなら冒頭の『Admiral Benbow』が名演。
この曲、アレンジがとにかく秀逸で、ギターと歌の世界にまずベースが入り、ピアノが入り、最後はアカペラコーラスに展開します。その全てが「さりげない」程度におさまり、非常に趣味が良いです。あくまでギターと歌がメインですよ、と冒頭で宣言しているかのよう。
小気味良さという点では『Heather Down the Moor』が白眉でしょう。間奏のギターソロは思わず唸るほどうまい!歌い手とフレージングがここまで合ってるの は天性なのか綿密なリハのたまものか。
フランス・シャンソン『Le Roi Renaud』(ルノー王の哀歌)はアルバムの核をなす力作で、勇壮な歌いっぷりと出し入れ自在な伴奏アレンジに引き込まれます。 クライマックスのキーボードの音だけは少々時代を感じてしましますが・・・
そして大名曲『Unicorns』で幕を閉じます。
このイントロに、歌い出しに、心奪われない人がいるのでしょうか。ギターとピア ノと声の3者が、音色で融合していく様が素晴らしい。
音楽とは。
永遠に答えは出ない命題ですが、大きな要素として「コミュニケーション」があると私は思っています。
何かを発する事、聴き手にはたらきかける事、共演者や楽器からの影響。
コミュニケーションが音を纏って形を成すものが音楽とも言い換えられます。
このアルバムのように「出会いもの」を感じると、音楽は本当にいいものだと実感します。
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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com
1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリース。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。
【2021年10月1日】
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