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伊藤賢一雑感コラム ギター路地裏


第44回 The Beatles「Get Back」(映画)

アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤 賢一です。
今回はビートルズの映像作品「ゲット・バック」を取り上げます。

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2021年末にディズニーから配信リリースされ、2022年前半は個人的にこの作品一色でした。
ビートルズの映画としては「Let It Be」がありますが(現在に至るまで廃盤が継続しています)、あの2時間ほどの映像作品に至るまでに膨大な時間をかけてセッションを繰り返していたことは、多くの海賊盤で確認できる事実です。
今回の「Get Back」は、そのセッションのボリュームを存分に体感できる合計468分(7時間48分)もの上映時間に加え、あのセッションで何が起きていたのかを生々しくドキュメントした内容となっています。映画「Let It Be」では、最初から”解散ありき”の方向性に見せていましたが、「Get Back」ではセッションの”流れ”が実によく掴めます。どのようにして険悪な雰囲気に至ったのか、打ち解けた時間はあったのか、などなど、あのセッションの実態がわかる映像作品として、後世に語り継がれるべき作品でしょう。
個人的には、ビートルズの全映像作品の中で最高峰だと思っています。

なにしろ長い作品なので、個人的なポイントを3つ挙げます。

1.バンド・サウンドの熟成 このゲットバック・セッションは、当初テレビ特番のためのもので、クライマックスでライブ映像を流すという企画でスタートしました。そのためのリハーサルを重ねていく過程でフラストレーションが渦巻いていき、口論が絶えずジョージ・ハリスンが離脱したり、ジョン・レノンとポール・マッカートニーが2人だけで緊急会議したりと緊張感に満ちた時間となります。この映像を見る限り、転機となったのはジョージの離脱でしょう。さすがにこれではいかんと話し合いが持たれ、そこでリハーサル会場がトゥイッケナム映像スタジオからアップル・スタジオに変更されることになります。場所が変わって、4人の様子が格段にリラックスした様子がリアルに伝わってきます。
アップル・スタジオでのセッションでは、途中でキーボードのビリー・プレストンがリハーサルに加入した場面も名シーンです。停滞していたアンサンブルが一気に 厚みを増し、4人の顔が輝き始める瞬間が最高です。
そして、個人的に一番の名場面は、セッションの後半、ジョージ・ハリスンが「毎 日演奏して指が思うように動く。こんな感覚は初めてだ。今はとにかく演奏したい。」と話すシーンです。やはり根っからのミュージシャンなんだな、と涙が出てきます。

2.4人の会話
ビートルズの4人がやりとりをしている映像で、ここまで長い時間のものは今まで無かったと思います。
それぞれのキャラクターがはっきりと感じ取れる、生々しい記録です。
個人的な印象では、ポールがイニシアチブを取っているとはいえ、ビートルズは圧倒的に”ジョン・レノンのバンド”だということです。覆せないお約束のような序列が4人の中には流れていて、しかもそれを最も意識しているのがポールだという事が事態を複雑にしていたんだなあ、と感じました。この時期のジョンはかなりダウナーでやる気も感じない態度を見せますが、言葉の切れは鋭く速い。ジョージも物事をなあなあにしない意志の強さと頭の良さがあり、世間一般に定着しているイメージのような影に隠れたような存在ではなかったことがわかります。リンゴはほとんど意見らしい意見を発言せず、他の3人を思いやる態度に徹していたのも印象的でした。
こうした4人の生々しい姿は、この映像でないと伝わってこないものだと思います。

3.ルーフトップ・ライブ
この映画では、映像も音も格段にブラッシュアップされています。リマスターが施されて格段に鮮明になった4人の姿。セッション中に楽器と会話との音が混ざり合っていたモノラル音源を、AIの学習プログラムを用いて見事に分離させて聴きやすくなったサウンド。これはもう映画「Let It Be」には戻れないと思わせるほどの質感です。そうなると、やはりクライマックスのライブ映像の素晴らしさが、この作品最大の目玉となるでしょう。
この屋上ライブに至るまでに、既に6時間という時間を費やしているわけです。遂にたどり着いた感のあるこのライブは、今までの印象とはガラリと変わります。
詳しくは本編を感じてほしいですが、一つだけ述べさせていただくと、彼らにとってこのライブはクライマックスとはいえ、まだまだプロジェクトの途中であったこと。ライブが終わってすぐ様下に降りて、たった今の演奏をプレイバックしていろ いろとスタッフと検証しているのが本当にリアルでした。映画「Let It Be」だけだと、この実態はわからずじまいだったと思います。とはいえ結局はこのライブも、 膨大な時間を費やしたリハーサルも、作品として日の目を見るまでに1年棚上げにされるわけです。それだけビートルズのおかれた状況は悪化していたのだな、と感じさせるエンドロールでした。

とにかく歴史に残る映像作品です。
配信だけでなく、既にパッケージ版もリリースされていますので、未体験の方はぜ ひご覧になってください。

最高の8時間をお約束します。

Get Back

 


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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com

1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリース。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。

伊藤賢一

【2022年12月1日】

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