第56回 この一枚を聴く 山下和仁「J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 全曲」
アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤 賢一です。
今回はクラシックギターの生きる伝説「山下和仁」の名盤を紹介したいと思います。
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クラシックギターを勉強してい他10代後半~20代の時期には「ギター曲」の魅力に取り憑かれアルバムを聴き漁ったものです。
それこそ全てのギタリスト、全てのアルバムがファンタジーに満ちていていました。若さのせいもあると思いますが、ちょうどその時期が1990年代~2000年代の「CD全盛期」と重なっていたのも大きいと思います。
山下和仁の新譜がリリースされては胸をときめかせて買いに行ったものです。
山下和仁といえば超絶技巧。と、まずはイメージされてしまうでしょう。
世界中の誰も真似できない速さ。そしてパワー。そこにまず注目がいくことは仕方 ないことかもしれません。
しかし何よりすごいのはその”発音”です。当然力感のある強い音もそうですが、弱音を発した際の異様なほどの静けさも圧倒的なのです。山下の表現する緩徐楽章の”高み”は、もっともっと注目されなくてはいけないと常々思っています。
パワーも静謐も、ギターの枠を超えたイマジネーションのなせるわざ。こういうギ タリストは、もう現れないでしょう。
山下和仁の「この一枚」は、なかなかに迷いました。
どれもが思い入れが強すぎて・・・私の青春時代が染み込んでいるのです。
最終的に「ポンセのソナタ集」と2択まで絞って迷いましたが、今回はバッハを挙げさせていただきます。
「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」「リュート組曲」など、今日ギターで弾かれる重要なバッハ作品は網羅している山下ですが、個人的にはこの 「無伴奏チェロ組曲」が、最も力感と静謐の均衡が見事だと思います。これは楽曲のサイズ感とギターという楽器との相性だと感じます。
私の大好きな3番と6番がまた超絶名演奏でくらくらするほどですが、まずは有名曲の1番を味わってほしいです。
感情の瞬間的な移り変わりと、全体像の大きさ。余韻の味わいの変化など、山下節とも言える世界が広がります。比較的簡素な1番が、もしかしたら他の演奏と比較しやすいかもしれません。
そして2番の滋味溢れる魅力。レコーディングは当然同じ(近い)日時で行われていますが、私はこの2番が最もコンディション良かったのではないかと感じます。特にメヌエット2の表現は圧倒的です。いきなり宇宙に放り出されたような浮遊感。
「え、これなに?」と初めて聴いた時にフリーズしました。カザルスもロストロポーヴィチも作らなかった”落差”がここにあります。一瞬で別の空間に行ける。これはバッハの目線というより山下の独自の感性なんだと思います。
とにかく聴いてみてほしいです。
”一生かけて味わうに足る音楽”が、ここにあります。
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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com
1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリース。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。
【2024年2月3日】
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