第58回 この一枚を聴く ペンタングル「クルエル・シスター」
アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤賢一です。
今回はトラッド・フォークロックの雄、ペンタングルの名作をご紹介します。
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17歳でジョン・レンボーンを初体験してからというもの、残りの高校生活はジョンを中心にまわっていました。となると当然ペンタングルを聴くようになります。
メインボーカルにジャッキー・マクシー 、ギター&ボーカルにジョン・レンボーン、バート・ヤンシュの2大名手、リズム隊がダニー・トンプソン(b)とテリ ー・コックス(dr)。
まったく奇跡的な、同時に少しヘンテコのアンサンブルと言えます。彼ら以降、このスタイルのフォロワーを聞いたことがないのも凄みです。誰にも真似できないそ れぞれの技と、なによりも融合の仕方が特異すぎて他者では近づけないのでしょう。
各個性のぶつかり合う、スリリングな展開。
孤高のシンガー・ソングライターであるヤンシュと、懐古趣味のレンボーンとでは共通点より相違点の方が見つけやすいですし、そこにジャズ畑のリズム隊とキッチリ民謡を歌うマクシーが絡むのだから、スリリングになるのも無理はありません。
特に1st~3rdアルバムまではそんな組み合わせの妙が全面に出ていて楽しめます。
さて、このアルバム「クルエル・シスター」は4作目。
ここでは完全にトラディッショナル路線の彼らが聴けます。
マクシー及びレンボーンのコンセプトである事は明らかで、レンボーンにすっかり 魅了されていた私にとっては当時、ペンタングルで一番好きなアルバムでした。特にタイトル曲の淡々とした切なさには影響を受けたものです。
タイトルナンバー「クルエル・シスター」はイングランドに伝わるバラッドで、中世騎士と姉妹の三角関係がもつれ、殺人事件に至った物語を歌っています。バラッドにはこういう血なまぐさい題材が多く、しかも旋律がやたら美しいので余計に不 気味さを助長します。
ここにはスリリングな展開もハッとするようなプレイも出てきませんが、7分間身を浸すように聴くのが好きでした。
そしてジョンの生涯にわたるレパートリーだった「ロード・フランクリン」も名演。
ギブソンES-335にファズをかませたソロは、とても柔らかく美しい音世界。このトラッドも、悲惨な海難事故を歌ったものとは思えない雄壮さと穏やかさがくせになります。
18分超の大作「ジャック・オライオン」は、一転バート・ヤンシュの世界。
彼のギターと声が響きだすと、それだけで世界が変わります。
彼のソロ作でも既出で、そこでは硬派な弾き語りでしたが、このペンタングル・バージョンでは豪勢な展開が楽しいです。「ラッキ・サーティーン」のリフが突如現れ、それに乗せたインプロヴィゼーションからメインメロディに帰結していく流れ は、理屈抜きにかっこいい。
こうした、過去の名作を聴き返してみると、「アルバム」というサイズは本当に素晴らしいものだと感じます。
サブスク前世の現在では、ペンタングルも簡単に検索して楽しめますが、各サービス共通して曲毎のカテゴライズが支配的で、アルバムとしての枠が弱まってきています。
このアルバム通して37分。
せめてこのくらいの時間は、音楽に捧げる習慣を忘れたくはないですね。
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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com
1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリース。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。
【2024年4月1日】
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