
ギター路地裏 第80回
アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤賢一です。
2026年1月24日、ギタリスト山下和仁氏がご逝去されました。クラシックギター界のみならず、世界の音楽にとっての、まさに巨星でした。
今回は山下和仁氏への追悼の回とさせていただきます。(文中敬称略)
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追悼 山下和仁
会ったことも話したことも無い人のために、こんなにも泣けるものなのかと驚いている。私にとって山下和仁の死は衝撃だった。山下の存在はこの世にずっと「無くてはならぬもの」と、意識の奥底で感じていたのかも知れない。
私は単なるいちファンだし、彼について語ることなどおこがましい限りだが、人生において最も聴いた音のひとつが山下和仁の奏でるギターなのも事実だ。個人的な思い出を少し記してみたいと思う。
ギター学校に在籍していた1994~98、私は山下を聴きまくっていた。
クラシックギターを初歩から学んでいた10代の私にとって、山下はさぞ敷居が高い先入観もあったのだが、実際には私の耳にはすんなりと入ってきた。「展覧会の絵」や「新世界より」のギター版も、センセーショナルな驚きよりも、とても楽しい音楽として聴くことができた。定期演奏会で弾いたロボスのエチュード7番やジュリアーニの大序曲はもちろん、先輩や友人が弾いていたソルやバッハ諸作、ジュリアーニのコンチェルト、モンポウ、テデスコ・・・
CDになっているものは輸入盤も含めて聴きあさった。
”超絶技巧”が山下の代名詞であるが、私が強く惹かれたのは技巧そのものではなく、楽曲への視線の優しさそして、視野の大きさだ。
山下の演奏を聴くと、いかに音楽を愛しているかがダイレクトに伝わるのだ。それがとても心地よかった。
数多の録音の中で最も衝撃を受けたのが、ポンセの「ソナタ・ロマンティカ」の第2楽章だ。1996年だったと記憶している。
当時の私は、レベル的に分不相応なギターアンサンブルに有望若手として抜擢され、毎日譜読みと技術練習に追われる日々だった。はっきり言ってついていくのに精一杯で、今思えば肉体的にも精神的にもかなり無理をしていたと思う。朝いちから終電まで、ひたすら練習練習の日々。そんな終電の車内、CDウォークマンでこのAndante espressivoを耳にした瞬間、疲労困憊の体内に雷鳴が轟いたようだった。山下の奏でる音楽の大きさと深さに、救われる思いがした。私にとって、音楽はずっと続いていくという事が、確信されたひとつの瞬間だった気がする。
ホールでのライブも実にすごかった。
音が、ギターのボディからではなく、彼の背中から、大きな孔雀の羽のごとくホール全体に広がるのだ。こんな熱量のイマジネーションを感じたのは、後にも先にも山下だけだ。
山下のインタビュー記事の中で印象的だったのは「私はこの世で最も楽しいことは、音そのものを聞くことだと思う」と話していたこと。それは「音楽を聴くこと」に限定せず、自然音や生活音も含む「音」の話だった。
聞くという行為は、実際には単なる耳の作用では無い。
心で受け止める、受け止めようとする、たとえ無意識的であっても能動的な行為なのだ。そんなことを考えさせられ、揺さぶられた言葉だった。
訃報が今でも信じられない。
しかし山下の音楽との思い出に終わりはなく、今後も積み重なっていくだろう。
永遠なる山下和仁。安らかに。

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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com
1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入
学。
1998年(財)国際新堀芸術学院卒業。以後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年初のギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリー
ス。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリ
ース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。
2020年Indigo Noteの2ndアルバム「Long Way」リリース。
2021年7thアルバム「Little Letter」リリース。
2023年ピアノ&パーカッション奏者AkiとのデュオLuna y Alas結成。
2024年Indigo Noteの3rdアルバム「Lively Garden」リリース。
2025年Aki作曲のギター曲「The Pearl」リリース。
ライブ本数は累計1500を超え、現在も常に日本全国で演奏活動を展開中。

【2026/2/2】 |